今回の7/30(火)〜8/2(金)の4日間の安良里診療所実習では、家庭医の日常を見せていただきました。診療所実習に行くまでは専門医と家庭医といった言葉自体を意識することはありませんでしたし、ましてや2つの違いを意識することはありませんでした。
今回安良里診療所を実習先として選択する際にも家庭医といった言葉は念頭にありませんでした。ただ自分は普段大学病院での医療を見学しているが、いったい診療所ではどのような医療が行われているかというのは常に頭の中にありました。私は横浜市大附属病院の救急外来で事務のアルバイトをしていますが、この病院は三次救急病院であるため、初めての患者さんの受診希望を電話で断ることがしばしばあります。しかし断ろうと思っても患者さんの中にはなかなか納得されない方も多く,そんなときは三次救急を含めた救急体制を説明する必要があります。一次救急、二次救急、三次救急といったシステムは医療を適切に分配するといった考え方から発生したものの一つだろうと思います。医療を適切に分配し、効率よい運営を図っていこうという掛け声は頻繁に耳にしますけれども、では現在のシステムは適切なものなのか?、もし適切なものでなければどうやったら効率良い医療システムができるのか?といったことを考えるには、まず医療の最前線であるプライマリーケアを見る必要があると思いました。なかでも、専門的な医療が必要無いのに大学病院を受診する患者さんが、どうやったら診療所を受診するようになるか?ということに一番興味があったのですが、それを考えるためには診療所に実際に赴き、専門的な医療との違いをこの目で見ることが必要だと思いました。
実習のスケジュールは以下のとおりでした。1日目は午前中,午後ともに診療所での診察を先生の後方から見学。夕方からは訪問診療を見させていただき、夜は特養ホームでの介護講座に参加させていただきました。2日目は午前中、診療所での診察を見学。この日は患者さんの後方から診察の様子を見学させていただきました。3日目は午後から診察を見学。心肺停止状態の患者さんが救急車で運ばれ,蘇生処置を行うところや夜間救急を見学しました。最終日の午前中は診察室以外を見学。理学療法室を主に見学させていただきました。
診察見学の時間が主だったのですが、先生の後方からと患者さんの後方から、と視点を変えて見学したことによって、先生がどのような表情やジェスチャーを交えながら患者さんに言葉をかけ,それに対して患者さんがどのようなリアクションを示すのかがよく観察できました。また患者さん一人一人の診察が終わるたびにその患者さんの疾患について丁寧に説明してくださり、そちらの面でのフォローにも感銘しました。もう一つ興味深かったのが、先生がEBMを意識しながら診察されていたことです。私は恥ずかしながら不勉強のため、EBMとは様々な治療法について大規模比較試験を行い、得られた結果を統計処理してどの治療法が最も効果のあるものか再検討するための手段だと思っていました。したがってEBMとは厚生労働省が新たな治療方針を示すための研究手段のようなものであって、診療所でEBMが行われているとはまったく考えていなかったのです。ところが先生のお話を聞いているうちに私が認識していたEBMは誤ったものであったことがわかりました。先生からうかがったEBMとは、それまで経験的に行われていた治療法に対して大規模比較試験を行い、実際に効果があるとの結果が得られた治療法を患者に提示し、どの治療法を行うか患者に選択してもらう医療のことであるというものでした。ここで必要になってくるのは各治療法のメリット・デメリットを患者が理解するまで十分に説明し、最終的には患者自身に決めてもらうということです。本当のEBMには患者中心の医療という姿勢が貫かれていて、またそういった医療が安良里診療所で行われていることに爽快感を覚えました。
訪問診療は今回の実習で初めて見させていただいたのですが、訪問診療というものが、患者さんに対する医療行為のほかに、患者さんの家族と深く関わってくるものだと言うことがわかりました。実際に見学したのは、容態が悪化している患者さんに関してもう一晩自宅で様子を見ていいのか,直ちに入院させるべきなのかという家族の相談に乗ったり,インシュリンの自己注射をどのように行うかといった医療上の指導を家族にも行ったりといったことでした。
特養ホームでの介護講座は今回の実習でもっとも印象に残ったことの一つです。この介護講座はまずレクリエーションから入って、次に高血圧・高脂血症・糖尿病といった慢性疾患についての講義があり、最後に実際に介護をしている,もしくは以前していたことのある方の体験を聞き、介護のあり方を話し合うといったものでした。介護というのは全部が辛いことではないだろうが,介護をしている方は何かしら辛い体験をされているだろうと思っていました。私がいたテーブルには、現在介護をされている方が2人いらっしゃいました。お二人からは「辛いことを辛いとおもわないようにしている、辛いと思ったら介護はやっていけない」という話を聞きましたが、その前向きな姿勢には尊敬の念を抱きました。「介護で楽しかったことはない」というお話も聞きましたが、ご主人に必要とされ、よく手を握ってくるのよなんてことを嬉しそうに話されるシーンもあり、そういうところで喜びを感じているのかなと思いました。また健康な頃のご主人が子供好きで、自宅にはご主人と遊びに来る子供が絶えなかったとの話もあり、彼女がそういった夫を尊敬する念は、介護が必要になった現在でも変わらず、介護にご主人への思いが息づいていることが確認できました。
実習中には先生から様々なお話をうかがいましたが、家庭医に関しては次のようなお話でした。「専門医は患者に対して自分の専門範囲に当たる疾患を高度な医療で治療していくが、家庭医は総合的に患者を診察し、疾患のみを扱うのではない。体調を崩した患者さんの話を親身に聞くだけで患者の具合が良くなることも多々ある」。私が見ている限りでも、大学病院ではとにかく患者さん一人一人にかけられる時間が少なく、医者からclosed questionを雨あられと浴びせて問診が終わってしまうことが通常です。大学病院でも診療部門と研究部門を分割することで診察時間を長くすることが可能だと思いますが、現状では時間を取って患者さんの話をじっくり聞くというのは、家庭医ならでは可能なことであると思うし、また専門医とは異なる「家庭医」として特化していくには必要なことだと思いました。しかし現実には様々な問題があることもうかがいました。現在のシステムのもとでは一人の患者さんの問診に5分以上かけると外来がどんどん混雑してしまったり、診療所の経営を成り立たせるのが困難になってしまうのです。外来患者さんの数をこなさないと経営が成り立たなくなってしまうということには診療報酬の問題が絡んでいます。アメリカの家庭医が患者さん一人にかける診察時間の平均は30分ということですが、それでも経営が成り立つような診療報酬体制になっているようです。今後日本で家庭医ならではの仕事が行えるようになり、家庭医の存在を確立していくには、診療報酬の改定なしには先に進めないのではないかと思います。実習中には家庭医に関するビデオも見させていただきましたが、そのなかで印象に残ったのが、「患者さんは専門医の集まった病院にいくと自分が持っている疾患を扱うかにそれぞれ廻る必要があるが、家庭医に行けばいっぺんで済んでしまう。これは特に体の自由が利かないお年寄りにとっては好ましい。」という話でした。家庭医という存在が世の中から信頼を得ていき、世の中から広く認知されるようになっていけば、このように苦労していた患者さんも少なくなっていくのだと思います。また先生は訪問診療の重要性を訴えられていました。痴呆や体の不自由など何かしらの障害を持った患者さんをいつまでも病院に入院させておくことはなかなか難しいし、また逆に家で看てあげたいという家庭もあると思います。そこに訪問診療のニーズがある限り、それに答えていくのも家庭医に必要なことなのだなと思いました。
今回の実習では本当にいろいろと得るものがありました。例えば先生からいろいろお話を聞けたことで家庭医というものがどういうものなのかということが自分の中ではっきりしましたし、また患者中心の医療を行うことの必要性をもう一度はっきりと認識することができました。患者中心の医療ということに関連しますが、先生が患者さんの精神面を意識して診察されていることに感銘を受けました。私は最近病院にかかって感じたのですが、そこの先生は診断名などの事実を淡々と伝えるだけで、患者さんの精神面に対するフォローの必要性といったものをまったく認識していないように思われました。特に重病の診断を告げられた患者さんは精神的に非常に不安定になると思います。患者さんを不安にさせるようなことを告げた場合、もしくは処置を行った場合は、責任持ってその後の精神面のフォローを行うことも医者の義務ではないかと思いました。
実習ではいろいろ先生が工夫されていると感じたことがありましたが、なかでも先生に対する質問リストはよかったです。もちろんいくつかの質問・疑問は用意して実習に臨みましたが、質問リストには私が思いつかなかったような質問がいくつも載っていました。その中からいくつか質問させていただきましたが、貴重なお話が聞けたと思っています。
学生の立場から何か実習の改良点のようなものを申し上げられれば良いのでしょうが、私はそのようなものを見つけられませんでした。先生の診療所実習は素晴らしいものであると思うし、実習に来た学生のほとんどが様々なことを感じ取れる内容になっていると思います。
1週間どうもありがとうございました。